著作部門褒賞

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第41回 令和元年度(2019年)

著作表題:コーチングによる交通安全教育:メタ認知力の向上をめざして

受賞者:太田 博雄

受賞理由:

 本書は、近年着目されている教育法であるコーチングの交通安全教育方法へ活用に観点をおいています。従来の教え込みを中心とするティーチングは、学習対象者に知識や技能を積極的に教え、指示をする形態のため基礎的な知識が少ない教習のような初心者には効果を示しますが、企業研修や高齢者の安全教育のような経験豊かなベテラン運転者を対象とした場合、「一時停止を守りましょう」と呼びかけてもその効果に限界があります。これは人が、他者からの押しつけに対する無責任感やモチベーションの低さがでる一方で、自らの決定に対して責任を持ちやる気が異なる傾向があるためです。本書では、この自ら目標を掲げ、目標達成へのモチベーションを高めることを支援し導いていくコーチングを主題に、その概念・特徴ならびに具体的な教育手法を理論編と実践編の二部構成で紹介しています。特に実践編では交通安全教育の対象者の違いに対して、具体的な事例でのインストラクションも含まれており、昨今社会問題となっている高齢運転者の事故の対策として着目されている、高齢運転者対象の交通安全教育も取り上げられています。
 具体的な構成として理論編では、ティーチングとコーチングの基本的な考え方とその違いの説明から始まり、学習者とコーチとの対話などを通して進行するコーチングによる過程における共通認識を示すGROWモデルと、その目的設定に用いられるSMARTモデルが事例紹介されています。交通安全教育場面の具体的な展開事例とその解説を挟み、配慮しなければいけない点なども具体的に併記されており、GROWモデルの手引き書的な利用もできるようになっています。このように交通教育現場においてスムーズな利用もできるのも本書の特徴です。パート1の最後には、コーチングの基本技法としてリファレンス的な節も付記されており、コーチの心構えとして信頼関係構築の重要性、そして傾聴、質問、承認およびフィードバックといった場面で用いる表現などがまとめられており多様な場面での引用ができるかたちとなっています。
 実践編では、初心者教育、企業での安全教育、プロドライバー教育への活用、高齢運転者の免許更新時講習といった対象者別に対してのコーチングの特徴やポイントが紹介されています。例えば、企業での安全教育において受動的で儀式・マンネリ化、資料の準備負担による教育効果の低下や負担感を改善する方法として、事前資料作成が不必要となり、かつ参加者が積極的に情報収集力(質問力)を高める機会を作るインシデントプロセス法やマインドマップの活用などが紹介されています。パート2の後半では、コーチングを適用した教育プログラム開発、コーチングによる教育実践例についても交通安全教育事例を取り上げているので、新しい交通安全教育プログラムを開発する際のイメージがつかみやすいのも特徴となっています。
 以上のように、ティーチングの限界を感じられる交通安全教育の対象者に対しても、さらなる学習効果を挙げることが期待されるコーチングを体系的かつ実践的にまとめている点を評価いたしました。

著作表題:電鉄は聖地をめざす 都市と鉄道の日本近代史

受賞者:鈴木 勇一郎

受賞理由:

 電鉄は、「主に日露戦争後から1920年代にかけて東京や大阪といった大都市で誕生し、現在の「大手私鉄」につながってくるような鉄道会社群のこと」と定義されています。電鉄が田園都市としての住宅地、ターミナル駅に併設されたデパート、沿線の遊園地等をつくりながら大都市郊外を開発してきたという通説に対して、本書は、複数の事例の丁寧な分析を通じて、反証と補正に取り組んでいます。著者が長年積み重ねてきた私鉄による郊外住宅地開発、都市形成、鉄道史に関する研究成果に基づき、阪急の小林一三氏が電鉄を核とした郊外開発のモデルをつくり、それを東急の五島慶太氏や西武の堤康次郎氏が応用して都市空間をつくった、という通説に対して、電鉄の形成過程の初期段階において最も大きな推進力となったのは「社寺参詣」であるとの指摘は興味深い主張です。阪急電鉄の前身である箕面有馬電気軌道は、由緒ある寺社が集積する箕面や有馬温泉の麓にある宝塚と大阪を結び、社寺参詣の行楽輸送が主であったとのことです。現在の電鉄は通勤通学輸送を主としているため、当初からそうであったとのイメージがありますが、この前提となる職住分離の生活様式を持つサラリーマン家庭の大量な出現は20世紀初頭のことであり、著者は戦前の電鉄の通勤通学客の割合が高めに推計されていたことを検証しています。
 本書の構成は、社寺と電鉄がどのように関わり合いながら日本の都市を形成してきたのかという問題意識を述べた序章の後、第一章「凄腕住職たちの群像」では、新勝寺住職が大株主であった成田鉄道、その後に開設された京成電気軌道の事例から、経営能力に長けた「明治の三住職」等が電鉄を活用しながら新勝寺を全国有数の参詣者を集める大寺院へと成長させ、成田が東京の近郊に取り込まれていったことを分析しています。第二章「寺門興隆と名所開発」では川崎大師平間寺と京浜電鉄の事例を通じて、川崎が東京近郊の行楽地として発展した経緯を分析し、大正時代の工業化によって京浜電鉄が三浦半島へと路線を展開し新しいタイプの行楽を開発したことを指摘しています。第三章「「桁外れの奇漢」がつくった東京」では穴守稲荷神社と京浜電鉄について、第四章「金儲けは電車に限る」では池上本門寺と池上電気鉄道について語られ、第五章「葬式電車出発進行」では、墓地・寺院・電鉄という三者のユニークな関係が明らかにされています。終章「日本近代都市と電鉄のゆくえ」では、東京で実施された1930年代の交通調整や地下鉄と私鉄の相互直通運転の促進等を通じて、同様な生活様式の人々が住む都市空間における電鉄のあり方は横並びとなったと指摘されています。筆者は、わが国の大都市郊外はもっと多様性があってよく、それを生み出す力は電鉄にあるのではないかと期待しているようでもあります。

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