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第6回IATSS国際フォーラム(GIFTS)

2020年11月26日(木)に第6回 GLOBAL INTERACTIVE FORUM ON TRAFFIC & SAFETY シンポジウムが無事に終了いたしました。
当日の様子はIATSS Youtubeチャンネルにて公開しております。是非ご覧ください。
今後ともご支援のほど、よろしくお願いいたします。

開催概要

会議名: 第6回GIFTS 国際シンポジウム
会場: オンライン開催
会期: 2020年11月26日(木)
主催者: 公益財団法人 国際交通安全学会

開会挨拶

武内和彦
国際交通安全学会(IATSS)会長
公益財団法人 地球環境戦略研究機関(IGES)理事長
東京大学特任教授

第6回交通文化の多様性と安全軽視行動に関する国際フォーラムGIFTS(Global Interactive Forum on Traffic and Safety)シンポジウム開会の辞の後、本日のウェビナーのすべての参加者とパネリストに挨拶し、 また、国際道路連盟(IRF)、グスタフ・エッフェル大学、世界銀行、国際協力機構(JICA)へシンポジウムの開催に多大な支援を賜ったことに感謝の意を表した。

 

国際交通安全学会(IATSS)は1974年の設立以来、交通及びその安全を中心とする研究調査を活動の基軸に据え、望ましい交通社会の実現を目指して様々な活動を行ってきた。今日、世界の交通を取り巻く環境は大きく変貌し、交通事故による死者数は世界で年間130万人を超え、今後も特に開発途上国での更なる増加が懸念され、喫緊の課題となっている。私たちは気候変動も含むこれらの多岐にわたる分野で更なる努力とともに取り組まなければならない。

 

IATSSは2014年に、長期的な4つの方針を掲げ、取り組むこととした。第一は、Global Safetyであり、これまで以上に、交通とその安全について地球的規模で取り組むということである。第二は、交通文化という観点の重視。地域や国の発展形態や社会的な特徴には違いがあり、社会・文化的な背景を踏まえ、それぞれの「交通文化」に応じた有効な対策を目指す。第三には、学術の分野だけではなく、広く現実の交通政策に携わる行政、実務の専門家など関係する方々と共に活動すること、「超学際性Transdisciplinary」を推進する。そして、第四は、日本のみならず世界の人々とともに異なる価値観や文化を超え、継続的で協力的な討議を通した望ましい交通社会を共に創る「共創」の場を作り上げる。

 

IATSSは各国・地域の交通政策の背景や政策目標とその最も効果的な実現につながる優先順位の考え方を広く交通文化ととらえ、これら多様な価値観の中で政策と最も効果的な方策について活発な討議を行うことが重要と考えており、本日のシンポジウムにおいても前向きな議論が展開されることを期待している。

 

趣旨説明

北村友人
IATSS会員 / 国際フォーラム実行委員会委員長
東京大学大学院教育学研究科准教授

これまでの5回のシンポジウムでは、各地域に根ざしたさまざまな交通文化の価値観を、交通文化と安全、公共交通機関と交通安全、異なる文化圏が踏まえる交通安全の考え方、社会文化組織と交通安全、の各テーマを取り上げてきた。

 

そして、交通文化を中心に、安心安全な交通社会を構築することをより深く考えるために、さまざまなレベルで議論を積み重ねてきた。これらの対話の過程で交通関連トピックが取り上げられ、過去5回のシンポジウムは実り多い議論をもたらした。一連のフォーラムでは多くの国にまたがる専門家、さらに世界保健機関(WHO)やアジア開発銀行(ADB)などの国際機関からも専門家が招かれ、豊富な経験と幅広い視点に基づいた知見を共有した。

 

今後の議論のベースラインとして、安心安全な交通社会をどのように発展させるか、また本GIFTSなどの国際フォーラムを活用してIATSSが国際社会に貢献するための施策を考えることが重要だ。世界の実情と持ち上がる課題、そしてこれらの課題に取り組むために専門家が何をすべきかを考える必要がある。貴重な議論の場としてGIFTSが果たす役割はとりわけ重要である。

 

本日のシンポジウムは前回までのシンポジウムを受け継いで更に交通文化の概念に焦点を当てたものになる。4人のパネリストはこれに沿った交通安全のための統合システムの開発と社会実装の重要性を含む、幅広い理論的フレームワークと実践的経験に基づいた幅広い具体例の知見をもたらす。GIFTSの目標は学術的および実践的なアプローチから議題を分析し、GIFTSの目標は両者の視点を融合し一体化することで更に新たな知見を得ることである。

 

基調講演1

ソームズ・ジョブ
世界銀行 GRSF・GLRS局長

根木和幸
世界銀行 GRSF, GLRS ジュニア・プロフェッショナル・オフィサー

両氏は道路安全の管理における文化的多様性のもたらす役割について講演した。

 

文化、人種、政治などは非常に複雑な相互関係を持ち、それぞれの境界を見定めることは容易ではないものの、これらはすべて道路安全行動そのものの文化に影響し、多くの根本的要因に根差している。行動の多様性が生ずる一因として国による道路安全の管理方法が異なることが挙げられ、道路安全管理そのものの文化的影響が、今後、道路安全行動の多様性を一つの文化に収束するために非常に重要になる。

 

人々の文化的行動に影響を与える要因はいくつかに大別できる。「状況」は個人の性格よりも行動に大きな影響を与えるため、道路安全管理が道路上に及ぼす状況は、道路上の行動の大きな決定要因となる。文化の多様化がどのようにもたらされるかを考察することも重要で、国による違いも存在するが、同一国内でも違いがみられることも多い。道路安全の管理主体による違いも影響し、たとえば米国では道路安全を管理する部門が18,000以上あるのに対し、国によっては1つの管理主体のみで賄っている。

 

国の『経済力』が道路安全管理に影響を及ぼすこともテーマとなる。とは言え、経済力が道路安全をもたらす主要因になるとの見解に異議を唱えることも重要で、大きな要因は他にもあり、文化もその一つ。文化は道路安全と管理に根本的な影響を与え、人命に高い社会的価値が認められる場合、事故後の懲罰的措置ではなく事故防止に基本的な重点が置かれることから、社会として対応することがより高く評価され、政府の存在と法令が尊重されることにつながり、結果、取締りが有効になる。

 

ジョブ博士は4つの重要メッセージで講演を締めくくった。第1に国内の文化の違いは道路安全において重要であること、第2に文化の違いは道路上での行動に限定されないこと、第3として文化は道路安全管理に深く影響すること、第4に道路安全管理は道路安全行動に影響を与えること。

 

基調講演2

ジョージ・ジアニス
アテネ国立技術大学(NTUA)教授

ジアニス教授は、交通安全文化の世界的な多様性について講演した。

 

ジアニス教授は、「交通文化は交通安全の重要な概念であり、道路上の交通事故のすべての人的要因に関わる根本原因である。人的要因は、道路利用者の行動だけでなく、安全システムに取り組むすべての道路安全関連当局および利害関係者の行動にも関連している。」ことを強調した。

 

さらに、「ここに紹介する主要な世界の交通安全統計は、過去10年間の道路安全と道路関連事故の死者数の推移を顕著に物語っている。欧州連合が設定した目標を達成するには、すべてのレベルでより協調的な取り組みが必要であることは明らかで、重要なステップは達成されているものの、2010年から2020年の間に道路上の交通事故による死亡者を半減させるという目標は難しくなってきたようだ。」と続けた。

 

ジアニス教授は続いて、「NTUAの研究は、交通安全文化と道路利用者の行動における世界的な多様性を捉えることを目的としている。また、NTUAは、世界中の研究センターと交通安全機関の共同国際イニシアチブであるESRA(E-Survey of Road Users’Attitudes)プロジェクトに参加している。」と紹介した。

 

ジアニス教授はまた「いくつかの地域比較を行うと、安全文化の比較測定は単純ではないものの、交通文化を評価する主な方法の一つとして、危険な態度や危険な行動とは何かを割り出すことがあげられる。安全でない交通行動は、自動車の絡む交通事故の原因となることが多いと比較的多くの地域で考えているものの、安全でない行動の容認の程度は地域によって異なる。ドライバーと歩行者の違反行動の自己申告も同様で、事故原因をめぐって重罪を犯したとの追求を免れる意図から事故原因について真実を語らない傾向にも地域性がある。」とも語った。

 

ジアニス教授は最後に、「危険に対する認識が高く、危険な行動の容認性が低いにもかかわらず、あらゆる地域で実際には安全でない行動に走るドライバーの割合が依然として高いことを大いに懸念している。総じて自己申告行動と個人的な容認性の乖離の有無は地域ごとの比較では違いは見られないものの、個人的な容認性と自己申告行動そのものの乖離の程度を比較すると違いが見られる。安全文化の意味を理解することは非常に重要で、更なる交通安全文化の醸成には、社会の様々なレベルを統合する交通安全政策の体系化が必要であり、世界中のすべての国で注視を要する。」と語り講演を終えた。

 

基調講演3

スザンナ・ザマタロウ
国際道路連盟(IRF)事務局長、ジュネーブ

ザマタロウ氏は、歩行者の道路横断行動と文化が社会的情報の利用に与える影響について講演した。独立したNGOであるIRFを紹介することから始め、活動が組織化されるための3つの戦略的柱として知識と専門的知見、連携、そして権利擁護を紹介。 IRFは、毎年IRF 世界道路統計(World Road Statistics)を作成し、IRF Global Road DataWarehouseを運営していることでも知られている。

 

ザマタロウ氏の講演は歩行者に関する諸問題に焦点を当てた。「年間130万人もがまだ道路で亡くなっており、そのうち54%が脆弱な道路利用者(VRU)であり、歩行者及び自転車と自動二輪車の運転手がそれに該当する。歩行者事故の共通点の一つは、ほとんどの歩行者が絡む衝突事故は歩行者の道路横断時に発生するということ。日本の歩行者の安全を見た場合、歩行者の死亡事故の約70%が道路を横断しているときに発生している。年齢層に着目した推移を見ると高齢になるにしたがって道路上の危険は更に高まり、75歳以上の死亡率は2010年以降継続的に増加していることがわかる。」と説明し、さらに、
「リスク要因としてスピードは道路上の交通事故で負う傷害の中核要因を占め、標識の速度制限を超えている場合に特に顕著となる。もう一つ要因として挙げられるのは歩行者の道路横断行動で、人間の一般的行動と個人間の行動の違いをよりよく理解することは、事故防止と交通教育の根幹となる。」と続けた。

 

ザマタロウ氏はさらに、「フランスと日本の社会的規範を比較した研究を考察すると、社会的情報の利用と交通ルール違反を犯す可能性は、歩行者の文化や出身国と強く相関していることが分かる。この研究は、集団的な道路横断行動の潜在的なメカニズムを特定することで、意思決定における社会的情報の役割に注目する。決定を下すときの個人は、行動に要する時間、関連情報、および内包するリスクによる制約を受ける一方、個人が取得する情報には、社会的なものだけでなく非社会的なものも混在する可能性がある。社会的情報の利用は、個人が他者を観察することから学ぶ情報カスケード、あるいは個人がグループの影響を受ける情報増幅プロセスのいずれかを通じて発生する。」と語り、また、
「法が禁じる道路横断、つまり信号無視の調査では、違反の割合は歩行者の出身国によって相違が見られ、フランス人と日本人の歩行者を比較すると、他の歩行者の違反に同調するかどうかの行動で結果に相違が見られた。さらに、さまざまな国の情報を組み合わせると、性別が重要な影響因子となり、女性は男性よりもリスクを取る場面が少ないということが分かった。」と続けた。

 

ザマタロウ氏は、「歩行者の死亡件数を減らすための適切な方策を実行するには、結論としては意思決定プロセス、つまり歩行者が受け取った情報をどのように認識し解釈するかをしっかりと理解する必要がある。」として講演を終えた。

 

基調講演4

ニコラス・ウォード
モンタナ州立大学教授、安全衛生文化センター長

ウォード教授は、「交通安全文化とビジョンゼロを達成するための安全システムアプローチについて講演し、文化を国レベルで考察するというよりも、文化とはあらゆる社会集団に存在する可能性があること」に重点を置いた。

 

「交通安全システムには、『人』『道路』『車両』の側面が含まれる。交通安全の要因を解き明かそうとする学究者なのか、あるいは交通安全を改善するための戦略を立てようと実践する立場にいるかどうかを問わず、共通の目標は私たちが道路利用者の行動を変えようとすること。道路利用者の果たす役割とその行動が交通安全の実現にどのように関わるかを理解することが基本となる。

 

事故が発生する主な原因は、ほとんどの場合ドライバーによる何らかのアクションまたはアクションを起こさなかったことが要因であり、交通安全の大幅な改善を図るにはドライバーの果たす役割への取り組みが必要である。 行動を変えるには、その行動に至る理由を理解することも重要で、 生物学、心理学、物理的環境、および社会的環境がそうした行動に影響を与える主要因となる。 交通安全文化の交通安全へのアプローチを考察すると、行動を変えようとするグループの役割文化を理解することによって、道路の利用者とともに交通安全関係者の行動も変えようとしていることがわかる。」

 

ウォード教授は続けて「信念、行動、人為的影響を通じて文化がどのように説明されているか、そして行動を変えるために文化をどのように活用するかについて述べたい。行動は文化とは別のものであると考える必要はあるものの、文化との関連は存在し、むしろ文化はグループの共有された信念として説明されるべきであろう。そうして初めて、グループにおける行動や人為的影響を説明し、予測することが可能になる。したがって、道路利用者の行動を変えるためには、特定の行動に走る人々の間で共有される信念を理解することが重要であることから、私たちの目標は、グループ内の人々の信念を変え、行動を変える戦略を策定することになる。」と語った。

 

ウォード教授はまた、「交通安全文化に取り組む人々の間で使う共通の言語に関することでは、交通安全文化には、道路利用者の行動や利害関係者の行動に影響を与える共通の価値観、前提、信念が含まれることがあげられる。安全システムへのアプローチとは、交通安全へアプローチするフレームワークを全体的な視点で捉える見方であり、ビジョンゼロは、交通事故死者と重傷者をゼロにするという目標となる。価値観、前提、信念の3つの概念を理解するには、それらがどのように相互に関連し、意味付け合うかを理解することが役立つ。」と語り、さらに、
「米国を例にとると、ビジョンゼロを達成するために、3つの重要な戦略が定められた。 1つ目は、有効とされた施策への取り組みを強化することで、データと評価により効果的であることが示されている戦略にさらに投資すること。2つ目は、道路インフラと自動運転車の高度技術の開発を加速すること。そして3つ目は安全文化を高めることであり、その中には交通安全を管理するための安全システムアプローチを高めることも含まれる。そのシステムアプローチが立ち上がるためには、交通安全を優先するだけでなく、複数の交通安全の利害関係者として協力することの重要性と必要性を認識する強力な交通安全文化を構築する必要がある。」とも語った。

 

ウォード教授は、「利害関係者や社会集団の間で交通安全文化を変える方法について話すことで私の講演を終えたい。ソーシャルメディアやその他の形式のコミュニケーション手段の活用は、信念を変えてより安全な行動を取るように促す一つの方法となる。信念を変えるためには二つのアプローチが重要で、一つは人々を恐れさせるメッセージを織り込むことで安全な行動に導くこと、もう一つは懸念を示すだけでなく、変化が可能であるという希望も示すこと。ポジティブで希望に満ちたメッセージを織り込む戦略は、変化への道筋を示し、人々の変化への意欲をもたらすことでより効果的になる。」と述べ、講演を終えた。

 

パネルディスカッション

司会: 北村 友人
パネリスト: ソームズ・ジョブ
ジョージ・ジアニス
スザンナ・ザマタロウ
ニコラス・ウォード

モデレーターを務める北村友人東京大学大学院准教授は、各パネリストの講演の概要を説明することで議論を促し、更にパネリスト間の議論へと導き、質疑応答への対応を呼びかけた。

 

ジョブ博士は文化と経済に関して、「確かに経済力は私たちが交通安全を進める原動力の一つであることに間違いはないものの、それが主立ったまたは唯一の原動力であるとの議論を基本に据えることなく、したがって低所得国は道路安全管理が行き届かないとの議論に屈しないことが重要だ。同じ低所得国でも道路安全が行き届いているところもあれば、行き届かない国もある。経済力は車両とインフラの質を大いに左右するものの、資金がどのように使われるかも一要因となり、市民行動に影響を与えることも見据える必要がある。政府が道路安全を重視しない場合、誰がそれを重視すべきかとの文化的信念が損なわれることになる。ふさわしくない方向に思いがけない因果関係が及ぶことを理解することは非常に重要で、劣悪な文化と劣悪な道路安全は経済成長を遅滞させ、道路安全の質と効果は低中所得国の経済に直接影響を及ぼすことになる。」と語った。

ジョブ博士はさらに「法令の施行に関し、ワード教授の『人々は極めて深刻な懸念が及ぼす結果に耳を傾けない』とのコメントに同意するのは、取締りが必要な根拠として重要な意味を持つからだ。楽観バイアスと過剰な自信を引き起こす要因がこれには関連しており、多くの人々は自分が平均的なドライバーよりも優れていると自己評価するが、それこそがバイアスである。取締りが重要である理由の根幹となるのは、非常に深刻な懸念を利用する場合よりも、人々が小さな懸念により恐れを抱きがちであることを利用して非常に効果的に行動変化を促すことができることだ。取締りについてもう一つ重要なことは、取締り時に取られた態度によって執行する側が行動を変える必要があると考えるべきではないことであり、その場合は機能したとしても、唯一の方法ではないと考えることも必要で、逆の方法も有効だ。つまり、取締り時の行動を変えることで、人々はその行動に合わせて態度を変えることになる。」と述べた。

ジョブ博士は、「社会規範のために、取締りがどのように実施されるかについて注意することが重要であり、取締りがどのように議論されるかで、良い文化的規範の醸成を促すことができる。」と結んだ。

 

ジアニス教授は複数の質問に答える形で「交通安全のパフォーマンスと交通安全文化の両者を測定評価する場合、特に交通安全のパフォーマンスに関して難しい問題がある。誤分類の問題に直面している国は世界に何か国かあり、事故件数と死亡者数が両者とも実情が不明確な場合がある。実際の数値を知らないことは、道路安全のパフォーマンスにおける基本的な障害となる。しかし、より問題を深刻にするのは、衝突事故データに注目するだけでは現実の課題を理解するには不十分だということだ。衝突事故データは走行距離1kmあたりの衝突件数などの暴露データと組み合わせた場合にのみ有意となり、さらに、衝突件数と暴露データがある場合、数値上の規模はわかるものの、衝突原因が明らかになるのは、衝突が行動、インフラストラクチャ、交通量、車両などの安全パフォーマンス指標(KPI=重要評価指標)と相関している場合に限定されることも問題だ。安全性分析に際しても、事実を知らされずに行う場合がよくある。スピード違反に関するデータが不十分なため、当局や利害関係者を含め、誰もがスピード違反の影響を過小評価している。スピード違反は思っているほど頻繁には発生しないと皆信じているが、速度測定すると、制限速度を超えて運転している人の割合が驚くほど高いことがわかる。質の高い衝突事故データを得るには、暴露データ及びKPIと組み合わせて使用することが必要。質の高いデータがなければ、道路上の事故原因の特定は不可能だ。」と述べた。

ジアニス教授はまた、速度制限についての質問に答えた際、「データを深く掘り下げるほど新たな重大な問題が浮き彫りになる。根本的な状況が何であるかを理解した場合にのみ、実際の状況把握が可能になる。 非常に有用なデータを取得できるようにする新しいテクノロジーも増え、例えば COVID-19感染危機発生以来の行動変化で目立った点は、以前よりも多くの人々がデータに基づいた意思決定を行っていることで、これは文化の変化と言え、道路安全にも応用できよう。 安全パフォーマンスの測定が進むに従って安全認識がすべての層で改善し、真の変化をもたらす。 データは交通安全文化の変化の原動力である一方、真剣な努力と優れたデータを示すことによってのみ、問題の重要性を示すことができる。」と語った。

 

ザマタロウ氏とウォード教授の二人のパネリストに、モデレーターは文化的背景の理解に関連し、「文化的背景に依存するとすれば、人々はどうすれば合理的な判断を下すことができるようになるか、またメッセージを広める方法は常に一つだけか。」と議論を投げ掛けた。

ザマタロウ氏はそれに応えて、「文化の問題を提起する要素を以下のように説明したい。道路安全の価値と法令遵守はその国の文化に深く根付いており、日本やスイスのような国では、単独行動時でも規則に従うという社会的圧力が存在する。価値観が文化にどのように組み込まれるかの議論は、教育とコミュニティを中心に展開される。僻地におけるさまざまな問題を考察すると、コミュニティが重要で影響力をもたらすことが分かった。もう一つの要素は取締りであり、文化を変える方法としての取締りの概念についてジョブ博士に強く同意する。リソースが投入されないと、取締りは損なわれる傾向がある。また、取締りについてどのように話し合われるかも重要であるとのジョブ博士の見解にも同意する。」と述べた。

ウォード教授はモデレーターの質問に答えて、「取締りの役割とその取締りについてどのように伝えるか、つまり施行されている法令についてどのように周知するかについて、別の見方を示したい。政府によって課されるというよりは、法令が市民によって選択されたことを示すことはコミュニティの規範的な期待を示しており、法令の施行時にそれらの法令に重みを与えることになる。」とし、さらに、
「特定の戦略がすべての文化で機能するのか、それとも特定の文化だけで機能するのかに関して、交通安全文化を理解する上で重要な側面は、画一的で万能なソリューションは存在しないということだ。対象とする文化に交通安全文化の浸透を図るには、その文化にとって独自のものでなければならず、信念と価値観に焦点を当てる文化ベースの戦略は、その文化に固有である必要がある。また、行動を変えようとする特定の年齢構成を持つ集団とグループに焦点を当て、それらの信念を理解するために更なる努力が必要な場合もある。どのような行動を取るかは、当該グループの真の文化を実際に理解する必要があり、その文化についての思い込みでは決められない。」と続け、
ウォード教授はさらに、「リソースが限られている国が交通安全文化を変えるために何ができるか、についての質問には、コミュニティ次第であるとするザマタロウ氏に同意する。交通安全文化は、すべてのグループで醸成が可能で、人々が社会集団として浸透を図ることが可能だ。文化を伴ったグループの場合はいつでも、交通安全に影響を与えるためにグループとして何かをすることが重要だ。重要な考え方は、人々がどのように協力してお互いをより安全にすることができるかを考えること。政府に頼るだけでなく、小グループでできることがあり、それは互いを助け、互いを守ることにつながる。」と返答した。

 

ジョブ博士は、取締りと教育ではどちらがより効果的であるかとの参加者からの質問に答えて、「人々は教育と意識向上の浸透を確認するまで、取締りに頼ることはない。教育は一定の改善をもたらすものの、取締りが加わることで更にもっと多くのものをもたらすだろう。その理由の一つは、道路安全の問題は知識不足が原因ではないということだ。教育は知識不足を補うが、問題はモチベーションの不足だ。道路上の事故は、多くの場合、モチベ―ション不足に起因することから、モチベーションを変える方法を熟考することが求められる。また、対象となる人々を理解することが重要であり、問題の深さと改善を望むコミュニティ層の多寡を把握することで、取締りがどのように機能するかが明確になる。さらに、メディアはこれについて明確な見解を示しておらず、変わるためには、より多くの層のより多くの努力を投入することが重要だ。」とも述べた。

ジアニス教授は同じテーマに応えて、「取締りと教育を比較した場合、取締りには直接的かつ重要な効果があることを考慮に入れる必要はあるものの、その効果は一時的なものである。取締りがあればコンプライアンスが伴い、取締りがなければコンプライアンスは不要となる。取締りは効率的だが、それでも体系的であることが必要だ。取締りの有効性の観点では、それは行動を変えるだけでなく、最も重要なことは取締りが体系的に行われる場合、誰かがあなたを保護するために駆けつけるというメッセージが伴うことで問題を適切に重要視することから、それが最良のキャンペーンになることだ。ルールはあるが取締りがない場合、間違ったメッセージが伝わることになり、たとえばルールを実装する価値を伴わない場合も生じる。取締りが継続的に行われることで問題の重要性を示すために、違反が発生した場合に高頻度の低額罰金を科すなどの体系的な取締りを行えるかが重要になる。」と語った。

 

ジアニス教授は教育に関して、「教育は長期的かつ確実な効果がある。文化を変えることができれば、私たちは進歩することができる。問題は、教育がどう行われるべきか、ということだが、最良の教育は、将来ドライバーになる子供たちの手本となるよう親が模範を示すことだ。したがって、教育は親と子の両者に関わることを要する。」と述べ、さらに、

「何をするにしても、評価測定することが鍵となる。文化と安全パフォーマンスを測定し、文化と安全性能を特定の分析に連携させ、何が最も効果的かを確認し、プログラムと対策を測定し(たとえば、取締りレベルを測定する)、その中の成功事例を広める必要がある。」と加えた。

 

ザマタロウ氏は、都市の大群衆についての質問に答えて、「情報の流れと増幅のプロセスが都市ではより加速する。大群衆に属することで『保護』の感覚を与えられることから人々はより多くのリスクを取りがちで、社会的情報に振り回される傾向がある。安全性の面で、非常に悪い結果をもたらす可能性があり、群衆の中にいることは保護されることだという誤った感覚を植えつけられることにつながる。」と答えた。

ザマタロウ氏は、プライバシーと監視カメラについての質問に答えて、「ほとんどの人が携帯電話を利用するため、位置情報などのプライバシーは既に存在せず、誤った議論になってしまう。本当の問題は、監視システムの導入と運用に際し、通常は高コストが伴うことにある。一方、高コストであることは、プライバシーの保護という観点ではなく、取締りの選択肢としての行使を思いとどまらせるようにする当局への抑止力として機能する可能性がある。監視システムを効率的に運用するために法令やリソースを頻繁に変更する必要があるため、導入する場合は複雑で高価なシステムになりがちとなるからだ。」と述べた。

ザマタロウ氏は、さらに「コミュニティが声を上げることの重要性についてジョブ博士に同意する。市民グループは諦めることなく、ふさわしい取締りを求めて声を上げる必要がある。多くの都市部で制限速度が30km/hに低下しているのは、地元のコミュニティの声の賜物だ。変化に至るモチベーションも非常に重要で、取締りだけが重要とは限らない。かつて最も成功したキャンペーンは、交通事故の生存者や交通事故で家族を失った人々と対話をすることによって人々に道路上の交通事故がもたらす人間ドラマに手を触れる機会をもたらしたキャンペーンだった。」とも紹介した。

 

ウォード教授は、自動運転に関する質問への回答として、「米国では自動運転化がビジョンゼロの役割を果たしていると認識されているが、唯一の解決策とは見なされておらず、ゼロにするために活用できる柱の一つと見なされている。交通安全文化との関連では、自動運転車が十分普及するには非常に長い時間がかかるため、迅速な解決策とはならない。自動運転車とヒトが運転する車両がまだ混在している交通環境で、自動運転車が交通安全文化にどのように貢献するかを予想するのは興味深く、自動運転車は実際にどのような交通安全文化でプログラムされるのだろうか、それは地元の文化に沿うものだろうか。また、自動運転車を実際に利用して安全な行動をモデル化し、安全性に関する新しい認識された規範を醸成できるかどうかを推測することも価値があるだろう。」と述べ、さらに
ウォード教授は、交通安全文化に関する態度の質問に答えて、「ジョブ博士に同意する。態度は行動につながるものの、特定の条件下ではその逆も当てはまるため、交通安全文化を考えるとき、私たちは単に態度にとどまらない受け止め方を必要とする。意思決定に影響を与える態度以外の重要な概念とは、一つは規範であり、もう一つは知覚される行動制御とプロトタイプイメージ(人々が通常の行動をする人々をどのように考えるか)。態度だけでなく、これらすべての信念の役割を認識することが重要だ。」と語った。

 

モデレーターは、質問に回答した各パネリストに謝意を表し、本日のシンポジウムで議論されたトピックは、更なる検討と今後の議論の余地があることも示している、と述べた。

閉会挨拶

鎌田聡
IATSS専務理事

本日の議論には世界の交通安全について考えるための多くの手がかりが含まれている。 IATSSは本日のシンポジウムに基づいてより具体的な議論を進める予定であり、特に開発途上国において、それらの議論を道路安全イニシアチブに展開させる予定だ。 IATSSは46年前に設立され、自動車関連の領域にとらわれることなく、理想的な交通社会を目指し、高い視点から幅広い活動を展開してきた。 大きな組織ではないことから限界も見られるかもしれないが、IATSSは国際的かつ学際的、超学際的なアプローチを通じて社会に貢献するという強い意志を持って活動に取り組んでいる。

 

本日のシンポジウムのように今後も議論を続け、各方面の様々な研究者や関連団体とも連携を図っていきたいと考えている。

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